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歴史

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こんにちは、皆さん。 今日は、私が好きな歴史上の人物「ナポレオン・ボナパルト」(Napoleon Bonaparte)について話します。 その人を好きな理由は、戦略(せんりゃく、tactics)はとてもよくて、破天荒(はてんこう、unprecedented)な策士(さくし、tactician)だと言われています。 その上 、19世紀から第一次世界対戦(だいいちじせかいたいせん、World War I)までに「ナポレオン攻略」という対策(たいさく、strategy)は人気がありました。 ナポレオンは、もともとフランスの大砲(たいほう、artillery)の将校(しょうこう、officer)だが、 フランス革命(かくめい、Revolution)を通して 、新しい建てたフランス共和国(きょうわこく、republic)の元帥(げんすい、marshal)になりました。その後、様々な戦場(せんじょう、battlefield)で戦って、有名な人になりました。しかし、政府の失敗という理由で、ナポレオンはいつの間にかフランスの皇帝(こうてい、emperor)になって、たくさんのナポレオン戦争(Napoleonic Wars)が起きました。結局(けっきょく、in the end)、イギリスやロシアやプロシア(Prussia)に破(やぶ、defeat)れて、追放(ついほう、banished)したが、歴史的に有名な元帥の一人だと言われています。 戦略の場合は、とても頭がいいと思いますが、性格的によく他の家族や軍隊(ぐんたい)の将校に喧嘩(けんか)したそうです。さらに、まにその将校がナポレオンの作戦を反対する時に、その将校をくびになる(to fire)という も少なくありませんでした。 エピソードの一つは、アルコレの戦い(Battle of Arcole)でした。戦いの初日(しょにち、 first day)、兵士たちがある橋を渡る必要があったが、多くの弾(たま、bullet)が来たので、誰にも渡らなかったから、ナポレオンが旗(はた、flag)を上げて、兵士たちを動かしようと思ったそうです。結局、ムリだったか、ナポレオンの勇気(ゆうき、courage)さが感じられます。 ナポレオンの絵 アルコレの戦いの絵(本当はナポレオンはもっと後ろにいったんだ)

学校の思い出

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 皆さん、こんにちは。 今日は、学校の思いてについて話したいと思います。 私の中学校では、2年生の学生たちが遠足(えんそく)しに行きました。私の学校はペンシルベニア州なので、バスで二時間くらいかかるゲティスバーグ(Gettysburg)に行きました。その街の周りはゲティスバーグ戦場(せんじょう、battlefield)があって、150年の前に起きました。その戦闘はゲティスバーグの戦いで、アメリアの南北戦争(なんぼくせんそう、American Civil War)の転機(てんき、turning point)でした。 つまり 、とても歴史的な戦闘でした。私は歴史はとても興味になっていたので、そんな興味深い場所は家の近くにな かなかな いから、ちゃんと案内者の説明を聞きました。その戦場の広さや標高(ひょうこう、elevation)の違いを見て、その戦った人たちの気持ちがもうちょっと理解できました。その戦闘を本とか教科書に読んだけど、その本物の戦場を見て、感動しました。私はその思い出を 決して忘れません 。 ゲティスバーグ戦場の写真

中間報告

 タイトル「 日本の鉄道 」 タイトル:日本の鉄道 1. 起(き) (introduction):トピックの説明、選んだ理由 私のトピックは日本の鉄道だ。鉄道というのは、広い分野で、信号、電車、線路、駅などだ。さらに、電車というのは、電気で運転できる列車で、列車の範囲は電車より広い。このトピックを選んだ理由は、興味になってしまったから。留学の時に、初めて日本の電車に乗って、そこ時から好きになりました。電車が時間通りに到着したし、便利だったし、そのので行ける場所が増やしたからだ。アメリカに帰ると、何で日本の鉄道がそういう状況になったのかに調べたかった。 2. 承(しょう) (content 1):今までの成果(調べたこと、分かったこと、学んだこと、など) 日本の鉄道は、最初に明治時代から始まった。欧米からの人たちが日本に行って、日本に紹介した。日本政府が東京から大阪までに鉄道の線路を建ててみたいと思ったのだが、多くの反対があったそうだ。政府の人たちが欧米の影響を与えたくないとか、軍隊を強く立ち上がりたい人とか、多くの文句があった。さらに、鉄道を作るお金の余裕がなかったので、最初に新橋から横浜までに建てられた。1872に営業して、その時から在来線が次々に建てられて、日本国有鉄道という政府の鉄道の会社が形成されたのだ。 しかし、80年ごろに国鉄が色々な問題が重なってしまったのだ。戦後に、アメリカの圧迫のために、国鉄と政府の距離が離れた。そのせいで、国鉄は政府と会社の悪い部分に組み合わせてしまったのだ。例えば、国鉄が偉い人を募集したい時に、政府の許可は必要だった。さらに、また政府の圧迫のために、あまり乗車がない線が作って、満員電車も多かった。本当に悪い事は国鉄が大量の借金があって、そのまま大事件になりそうだった。1987に、国鉄が分割されて、JRの7つの会社になった。その後、サービスや便利な路線が増やしたのだが、それは地方によって違って、多くの人々が国鉄を分割するのをあまり好きじゃなかった。 色々な鉄道の種類がある。普通列車は、大体線路の全部の駅に止まる。急行列車は、名前通り、普通列車よりに止まり駅は少ないのだ。準急列車はその二つ種類の間に駅に止まる。快速列車は急行列車のように、少ない駅に止まるが、普通列車の料金で乗れる。特急列車は一番速い列車で、一番高いの...

私が好きなポップカルチャー

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 皆さん、こんにちは。 今日は私が好きなポップカルチャーについて話します。 1)マンガが好きです。毎回話題作(わだいさく)を始まると、胸が ワクワクしています 。 2)高校の時から好きでした。ある日、放送した鬼滅の刃(きめつのやいば)のアニメを見て、物語の内容に何が起きたのかを気になって、そのシーリスのマンガを読み始まりました。その時から、読んだマンガの数がだんだん増やしました。最近は日本語で読み始めで、読解力(どっかいりょく)を上りたいを思っています。 3)放送したアニメは原作からしっかり 作らないわけではない んですが、よくマンガは原作なので、その中には作者のキャラクターの本物の行動(こうどう)や感情が伝われると思います。 その上 、マンガの方は完成(かんせい)されたので、最後までに読めると思います。 4)友達におすすめするなら、やっぱり人によって違います。好きな作品を選んでその原作を好きに読んだ方がいい思うんだが、私の選択(せんたく)はそうそうのフリーレンです。ストーリーに感動できて、キャラクターも興味深いです。 その上 、描き方もとても綺麗で、背景(はいけい)やその世界の大自然が見えます。 そうそうのフリーレン

私の好きな行事・習慣

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 こんにちは、皆さん。 今日はキリストのクリスマスを紹介したいと思います。 毎年の12月24日−25日にあります。24日に、教会の信者が集めて、特別なミサをします。イエスの誕生のために、大きくて白いろうそくにピンを入れます。ミサをしてから、私の教会では、皆さんが演奏をして、競争をします。その後に、皆さんを一緒に晩ご飯を食べます。25日に、また皆さんが教会にミサをしに行きます。 教会のクリスマスのミサ

冬休みの思い出と個人学習プロジェクトの計画

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  皆さん、こんにちは。 1)オム・セスです。出身は韓国のテジョンです。専攻はコンピュター工学で、趣味はアニメを見るとか、漫画を読むとか、ゲームをするのが好きです。 2)冬休みに、日本に旅行しに行きました。友達が秋学期の終わりに卒業したので、一緒に旅行しようを思いました。11日間の中に東京、名古屋、京都、大阪、広島に行ったので、とても大変でしたけど、思ったより上手くできました。たくさんの観光場所に行ったり、美味しくて伝統的な食べ物を食べたり、買い物をしました。 東京駅 ジブリパーク 金閣寺 厳島神社の大鳥居 大阪城 秋葉原電気街 3) 皆さんと一緒に日本語の能力を上がりましょう! 4)個人学習プロジェクトの計画     a)選んだトピックは日本の鉄道です。     b)このトピックを選んだ理由は、留学の時に、どこに行っても電車を使いましたから、興味にあります。     c)日本の鉄道の歴史、どんな鉄道があるか、鉄道の会社の違いことを知りたいです。期待する結果は、もっと鉄道の知識を分かることです。     d) https://www.youtube.com/watch?v=-Ef08tgdZ_o           https://www.britannica.com/place/Japan/Railways           https://www.youtube.com/watch?v=R0UB6JhGL4A           https://www.klook.com/blog/japan-train-guide/      e)毎週この資料を見て、理解をして、ノートで勉強した事を書くつもりです。      f)今の気持ちは、結構嬉しいです。好きなトピックを調べますから。

今学期の振り返ると最終報告書

 こんにちは、皆さん。 1)今学期の日本語の授業はとても楽しかったです。友達を作ったり、教室の外の活動したり、新しいことを勉強するのが面白かったです。 2)タイトル「 江戸時代の東海道 」 1. 起(き) (introduction):トピックの説明、選んだ理由 私のトピックは江戸時代の東海道だ。江戸時代は、戦国時代の後で、日本が長い間平和な時代だった。多くの日本の習慣や文化はこの時代からあった。江戸時代の東海道というのは、軍隊や配達や観光するための道だった。このトピックを選んだ理由は私が子供のころから歴史に興味があったからだ。でも、今も、江戸時代のことがあまり知らないので、もっと江戸時代の東海道のことを知りたかった。 2. 承(しょう) (content 1):今学期の成(せい)果(か)(調べたこと、分かったこと、学んだこと、など) 東海道は日本の五街道の一つだ。古い時代からあったが、1600年くらいに改造された。江戸幕府の三代徳川家光は、抑制のために、江戸と天皇や大阪・京都との速い連絡手段を欲しがっていた。 • 道の間には、「五十三次」という宿場があった。これは、江戸から京都を結ぶ東海道にあった53の宿場のことである。 • 東海道にあるこの次には、将軍の命令のために、馬36頭が育てられた。 • 使う目的は軍隊のためだったが、それ以外にも散歩や品物を運ぶのに安全な道だった。 • 浮世絵を見ると、東海道で一人で女性が歩いているので、道の安全度はかなり高かったことがわかる。 さらに、参勤交代を作った。 • 全国の大名は色々な地方から一年に2回江戸に行かなければいけなかった。 • 位が高い側近と一緒に行った。 江戸時代がずっと進むと、日本が平和になった。 • 鎖国があり、日本に誰にも入れなかった。 • 軍隊を使う頻度も減った。 その後に、多くの民間人が観光や巡礼しに、東海道を使って行った。 • 大体、健康な大人が江戸の日本橋から京都の三条大橋まで徒歩で行ったら、13−17日かかった。 • 普通のペースは一日に30−40キロだったから、その時代の大人の健康は結構よかったそうだ。 継飛脚という人々もいた。 • 基本的に、宅配便みたいに、手紙や物を目的地に送った。 • 普通、3−4日くらいかかった。 • その...