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今学期の振り返りと個人学習プロジェクト

 皆さん、こんにちは。 1)今の気持ちは、とても勉強になった気がします。日本語のことだけじゃなくて、日本の文化、伝統、様々なことが理解して、もう知っていることの知識を深まります。 2)クラスメイトの皆さん、一緒に日本語を勉強すうのが光栄でした。お互いに日本語を勉強して、とても良かったです。どんな道を選んでも、皆さんは日本語の勉強し続けたらいいと思います。 3)タイトル「 日本の鉄道 」 1. 起(き) (introduction):トピックの説明、選んだ理由 私のトピックは日本の鉄道だ。「鉄道」というのは、広い分野で、信号、電車、線路、駅などを含む。さらに、「電車」というのは、電気で運転できる列車で、「列車」の意味の範囲は電車より広い。このトピックを選んだ理由は、興味を持つようになってしまったからだ。留学の時に、初めて日本の電車に乗って、その時から好きになった。電車が時間通りに到着したし、便利だったし、そのため行ける場所が増えたからだ。アメリカに帰ったら、何で日本の鉄道がそういう状況になったのかを調べたかった。 2. 承(しょう) (content 1):前半(中間報告まで)と後半の成果 日本の鉄道は、明治時代に始まった。欧米からの人たちが日本に行って、日本に紹介した。日本政府が東京から大阪までに鉄道の線路を建設しようとしたのだが、多くの反対があったそうだ。政府の人たちが欧米の影響を受けたくないとか、軍隊を強く立ち上げたい人とか、多くの反対があった。さらに、鉄道を作るお金の余裕がなかったので、最初に新橋から横浜まで作られた。1872年に営業し始めて、その時から在来線が次々に作られて、「日本国有鉄道」、略して「国鉄」という政府の鉄道の会社が形成されたのだ。 しかし、80年ごろに国鉄に色々な問題が重なってしまった。戦後に、アメリカの圧力のために、国鉄と政府の距離が離れた。そのせいで、国鉄は政府と会社の悪い部分を組み合わせてしまったのだ。例えば、国鉄が上層部を募集したい時に、政府の許可が必要だった。さらに、また政府の圧力のために、あまり乗車する人がいない線を作ったり、満員電車も多かった。本当に悪い事は国鉄には大量の借金があって、そのまま大事件になりそうだった。とうとう1987年に、国鉄が分割されて、JRの7つの会社になった。その後、サービスをよくしたり、便...

歴史

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こんにちは、皆さん。 今日は、私が好きな歴史上の人物「ナポレオン・ボナパルト」(Napoleon Bonaparte)について話します。 その人を好きな理由は、戦略(せんりゃく、tactics)はとてもよくて、破天荒(はてんこう、unprecedented)な策士(さくし、tactician)だと言われています。 その上 、19世紀から第一次世界対戦(だいいちじせかいたいせん、World War I)までに「ナポレオン攻略」という対策(たいさく、strategy)は人気がありました。 ナポレオンは、もともとフランスの大砲(たいほう、artillery)の将校(しょうこう、officer)だが、 フランス革命(かくめい、Revolution)を通して 、新しい建てたフランス共和国(きょうわこく、republic)の元帥(げんすい、marshal)になりました。その後、様々な戦場(せんじょう、battlefield)で戦って、有名な人になりました。しかし、政府の失敗という理由で、ナポレオンはいつの間にかフランスの皇帝(こうてい、emperor)になって、たくさんのナポレオン戦争(Napoleonic Wars)が起きました。結局(けっきょく、in the end)、イギリスやロシアやプロシア(Prussia)に破(やぶ、defeat)れて、追放(ついほう、banished)したが、歴史的に有名な元帥の一人だと言われています。 戦略の場合は、とても頭がいいと思いますが、性格的によく他の家族や軍隊(ぐんたい)の将校に喧嘩(けんか)したそうです。さらに、まにその将校がナポレオンの作戦を反対する時に、その将校をくびになる(to fire)という も少なくありませんでした。 エピソードの一つは、アルコレの戦い(Battle of Arcole)でした。戦いの初日(しょにち、 first day)、兵士たちがある橋を渡る必要があったが、多くの弾(たま、bullet)が来たので、誰にも渡らなかったから、ナポレオンが旗(はた、flag)を上げて、兵士たちを動かしようと思ったそうです。結局、ムリだったか、ナポレオンの勇気(ゆうき、courage)さが感じられます。 ナポレオンの絵 アルコレの戦いの絵(本当はナポレオンはもっと後ろにいったんだ)