中間報告書

タイトル「 江戸時代の東海道 」


1. 起(き) (introduction):トピックの説明、選んだ理由
私のトピックは江戸時代の東海道だ。江戸時代は、戦国時代の後で、日本が長く平和にあった時代だった。多くの日本の習慣や文化はこの時代からあった。江戸時代の東海道というのは、軍隊や宅急便や観光しに行った道でした。このトピックを選んだ理由は私が子供のごろから歴史に興味があったから。でも、今も、江戸時代のことがあまり知らなったから、もっと江戸時代の東海道のことを知りたかった。
2. 承(しょう) (content 1):今までの成果(調べたこと、分かったこと、学んだこと、など)
東海道は日本の五街道の一つだ。古い時代からあったが、1600年くらいに改造された。江戸幕府の三代徳川家光は、抑制のために、江戸と天皇や大阪・京都との速い連絡を欲しがっていた。
道の間には、「五十三次」ということが起きられて、色々な宿や旅館が建てられた。
東海道にあるのには、将軍の命令のために、馬36頭を育った。
使う目的は軍隊的だったが、それ以外に散歩や品物を運ぶも安全に行けた。
浮世絵を見ると、一人で女性が歩いているらしいから、道の安全がかなり高かった。
さらに、参勤交代を作った。
全国の大名が色々な地方から一回に二年に江戸に行かなければいけなかった。
位が高い側近と一緒に行った。
江戸時代がずっと進むと、日本が平和になった。
鎖国のせいだから、日本に誰にも出て入れなかった。
軍隊の使いも下がった。
その後に、多くの民間人が観光や巡礼しに、東海道で行った。
大体、元気な大人は江戸の日本橋から京都の三条大橋まで散歩で行ったら、13−17日かかった。
普通なペースは一日に30−40キロだったから、その時代の大人の健康は結構やかった。
次飛脚という配達システムがこと時代からあった。
基本的に言うと、宅配便みたいに、手紙や物を目的地に送った。
普通に、3−4日くらいかかった。
そのサービスが大変便利だったので、大名も民間人も使いました。
1920年に、「駅伝」ということが起きた。
次飛脚のように、マラトンみたいに多くの人達がゴールまでに走る
一番有名なのは「箱根駅伝」だ。
3. 転(てん) (content2):問題点、困っていること
問題点は、単語や言葉が難しかった。理由は政治や軍事に関わること多くて、現代にはあまり使わない物がよくあった。
さらに、たくさんの漢字があったから、読むのも大変だった。
4. 結(けつ)(conclusion): プロジェクトの後半で調べたいこと、プロジェクトに対する今の気持ち
まだ調べたいことは、五十三次の宿についてだ。特に、その宿の状況やどんな宿があったかを知りたい。そしたら、どんな物を持って行くのも調べたいことだ。
今の気持ちは、色々なことを勉強して、学びたから嬉しいけど、もっと勉強したい。この内容は別の時代、別の国のことだったから、とても面白いと思う。







Comments

  1. とてもよく書けています。数字や例もあって分かりやすいです。とてもいいレポートです!

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  2. 発表からセスさんの熱意を感じました。話し方も聞きやすく、内容がよく理解できました。その日、新しいことを学びました!

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